鉄人サイクルクラブ
つくば市茎崎地区を中心に、サイクリング等を通じ健全な心身を養うシニアクラブ
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歴史のまち「石岡市」を訪ねて 2
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13:25 「常陸風土記の丘」から再び市内へ戻る。

 途中  大澤会員号の前輪が
   パンクのアクシデント発生!
    もう何度もパンクを経験しているので 即修理!。

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  パンク修理も無事に終了

 再び市内に向かう途中 
  県道7号線 常磐道の上を通過するが
   高速バスの停留所への案内があり
    そのそばに無料駐車場の看板もある。

 ここは 水戸~東京駅を結ぶ路線で「みと号」が走るが
  他に 羽田空港 名古屋 大阪へも利用できる。
   場所柄 無料駐車場など 
    このような交通利用もあることを知る。

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  また途中 「国分寺尼寺跡」のサインがあり 
    その先には案内板が見当たらず
      迷い諦め? 国分寺に向かう。

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  14:10 国分寺跡に到着。

  説明文や資料によれば
  
  741(天平13)年 聖武天皇が
  五穀豊穣・国土安穏を願い
  国ごとに国分寺・国分尼寺を建てるよう命じ
  ここ常陸国分寺の建立は
  752(天平勝宝4)年で百済王敬福が
  常陸守に任ぜられたとある。
  寺域は 東西約270m
       南北約240mの大変大きな規模で
  金堂、講堂、中門、回廊、仁王門や
  七重の塔などの礎石が
  昭和52年、56年の発掘調査で明らかになっている。
  しかし 平安中期の930年の平将門の乱など
  度々の焼失 再建を繰り返し
  現在の本堂は 国分寺跡に
  1910(明治43)年に筑波から移設したもの。

  なお 国分寺とは、聖武天皇が
  741年に国状不安を鎮撫するために
  各国に国分尼寺とともに建立を命じた寺院である。
  各国には国分寺と国分尼寺が一つずつ
  国府のそばに置かれた。
  東大寺 法華寺は 総国分寺 総国分尼寺とされ、
  全国の国分寺 国分尼寺の総本山と位置づけられた。

conv0136.jpg
 
 旧千住院山門

 入口の中門跡から右側の参道を通ると
 薬師堂が建立されており
 左側の参道には 旧千住院山門があり
 その奥に国分寺本堂がある。

 なお 千手院は 国分寺の東側に存在していた寺院で
 一度衰退したものの1573(天正元)年に再興し、
 安土桃山時代の様式を残す山門は
 当時の建立といわれている。

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 国分寺本堂前には弘法大師像が建つ。
 国分寺は真言宗智山派 山号は浄瑠璃山 
 院号は東方院 本尊は薬師如来。

 右側参道には 新四国八十八ヶ所霊場ということで
 弘法大師堂が建つ。

conv0132.jpg
 
 参道奥には薬師堂がある。

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 薬師堂前にて

conv0142.jpg

 「常陸国分寺跡」境内に
 初代都々一坊扇歌の堂〔1933(昭和8)年建立〕がある。
 扇歌は1804(文化元)年 現在の常陸太田市磯部に生まれ
 江戸末期に都々逸節を広めた。
 芸人ながら茨城の反骨精神をもって 
 幕政の批判や洒脱な風刺を三味線にのせ
 美声をもって唄いまくったと説明にある。
                       
  ─ 続く ─
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Author:kukizakitetujin
茨城県つくば市茎崎地区を中心に サイクリング等を通じ健全なる心身を鍛えることを目的としたシニアクラブです。

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