鉄人サイクルクラブ
つくば市茎崎地区を中心に、サイクリング等を通じ健全な心身を養うシニアクラブ
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春のトレッキング 宝篋山 2
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    12時5分 宝篋山の頂上に着く。
    筑波山には雲の笠がかかる曇り空
      強く吹く風を避けて 昼食。

    連休前 平日の曇り空 登山する人は少なく
     山頂は閑散としていた。

 43宝篋印塔

   山頂に 鎌倉時代中期の作、関東最古の宝篋印塔がある。
   茨城県指定文化財に指定されている。

 34富士見百景

  関東の富士見百景の碑
  国土交通省関東地方整備局が2005(平成17)年に
  選定した「関東の富士見百景」に選ばれた。
  天気が良ければ 南側に富士山を望むことができる。

47大池方面

  筑波山方面 眼下には大池

45霞ヶ浦方面

  土浦市方面を望む。中央に見えるのが霞ヶ浦

    48中継塔

  山頂脇の無線中継所
  テレビ局、海上保安庁、国土交通省、警察庁などの通信電波が
  侵害されないよう措置されているのか?
   山頂周辺では スマホの受発信ができなかった。


                        ─ 続く ─


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春のトレッキング「宝篋山」 1 
  02案内板 (2)

    2017年4月26日(水)曇り

     春のトレッキング「宝篋山」
 
        参加者 鈴木 関根 内田 金井

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 小田休憩所の駐車場に車を置く。
  それぞれ宝篋山に畏敬と感謝し 
   環境整備?の奉仕にと 道具を持参したが
    ここは国定公園 
      一切許可なく手入れなどは禁止でした。

  筑波山の南東側にある宝篋山は、通称小田山、標高461m。

  登山コースは、6コースがある。
    〇南西側から登る 極楽寺コース、常願寺コース、小田城コース
     〇北西側から登る 山口コース(1)、山口コース(2)、新寺コース

  今回は「極楽寺コース」へ
   このコースは 約3km 所用時間 1時間45分。 

 05水田

  10時 駐車場から出発
    田植え準備の水田なかを進む。

 12極楽寺公園

     登山口手前に忍性記念公園がある。

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 14慈悲の滝

  沢には多くの小さな滝がある。
       10:28 「慈悲の滝」

  19白滝

          「白滝」

 22_29地点

  11:15  純平歩道と交差 案内板29地点

  25_31地点

     純平歩道と別れ山頂へ 案内板31地点

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   低山であっても急坂 我々には息が弾む・・・

 27富士岩

  脇道にある富士岩はその名の通り、
    富士山に似た大岩

 28こぶしの森

   11:47 新緑に囲まれた「こぶしの森展望所」

 29合流地

   常願寺コースとの合流地点 左へ山頂まで約500m

 31宝篋城

   自然石を利用した宝篋山城跡

  32_山頂付近

       山頂近く 山桜が咲く。

    
                    ─ 続く ─

BS交流会
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  2017年4月22日(土)
     「BS交流会」(野外料理会)
       場所:こもれび 六斗の森
                  参加者 22名

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     1987年に発団し 30年の歴史を積み重ねてきたが
      この集会をもって 解団し終了することになった。
  
      なお これからは 有志により新たな交流会を
        年1回程度 開催していくこととした。


            

渡良瀬遊水地を往く
   古河市内から 渡良瀬遊水地へ。

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   渡良瀬遊水地堤にある案内石碑でコースを確認。

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   渡良瀬遊水地を左に見て北上

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   海から137km地点

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  「野渡橋」を渡り渡良瀬遊水地へ ここは野木町

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   更に 遊水地へは 「東谷中橋」のゲートを
    徒歩か自転車でしか入れない。

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 当初の計画は、丸型に作る予定の谷中湖だったが
 谷中村の跡を残し 池に沈めないようにしたところ
 偶然にも、このハート型になったのだそうだ。
 このハート形が幸せを呼ぶスポットとして人気になっている。
 
  なぜ渡良瀬遊水地ができたか?
  渡良瀬川 思川 巴波川は 各々はん濫繰り返していたため
  その3河川の流域地域の水害を防ぐと同時に、
  利根川に入る水量を調節するため設けられた。

   もう一つ大きな理由は
   足尾鉱毒事件で知られる「足尾銅山」から
   流れ出した鉱毒を沈殿させて無害化することを
   目的に作られている。

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   1905(明治38)年着工し 1989(平成元)年に竣工しているが
   その領域は 栃木県 群馬県 埼玉県 茨城県の4県にまたがり
   面積33km2 東京ドーム700個分で 釧路湿原に次ぐ広さだ。

 
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        ここには 中の島の観鳥台 
   遊水地内では 鳥類217種 植物667種  昆虫類1345種 
   魚類32種の生息が確認されている。
   2012(平成24)年 ラムサール条約に登録されている。

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  ハート形の中央にある「中の島」
  道がT字に分かれていて
  先ほどのエントランス方面、東、北へと道が延びている。

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  「下宮橋」から 道の駅「きたかわべ」&「スポーツ遊学館」が遠く望める

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     下宮橋から中の島方面を見る
  
  とちぎの「道と川百選・渡良瀬遊水地」の標識が建つ。

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  下宮橋を左折し 右岸を 三国橋方面へ

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     途中  貯水池機場

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     第一排水門を望む

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  三国橋手前 菜の花に埋もれて
  「カスリーン台風決壊口」の碑があった。
  奥に見えるのは東武日光線「新古河駅」

  1947(昭和22)年9月16日 午前0時15分頃、
  「カスリーン台風」により 降雨は増大し渡良瀬川の堤防を崩し
  その濁流は、埼玉県東部低地を東遷以前の
  利根川の流れのように流れ下り
  東京東部低地(葛飾区、足立区、江戸川各区)までも
  水没させたという。
  
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     渡良瀬川に架かる「三国橋」

  古くから 思川が合流するこの地点は
  古河の渡しと呼ばれた渡良瀬川の渡河点であり
  橋の名は 下総国・上野国・武蔵国を連絡していたことから。

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     三国橋の途中にある県境を越え
   
       駐車した公房公園に戻り 再び車で帰途へ
 
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   国道50号線から 294号線にある
          道の駅「しもつま」で休憩
    
              5時半 茎崎にて解散する。

                     お疲れ様でした!!


                       

古河市を訪ねて
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   車を駐車場に置き 積んできたバイクを組立て
   国道354号を横切り 旧日光街道をゆく。

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  東国一円の重要拠点だった古河は
  古くは万葉集にも登場し 河川交通の要所として 
  江戸時代には譜代大名の城下町 
  日光街道の宿場「古河宿」として栄えてきた。

  足利氏とのつながりも深く 
  中世東国社会の政治文化において重要な位置を占め
  古河公方の拠点として知られている。

  徳川幕府により譜代大名11家がめまぐるしく交替し
  古河城は徳川将軍が
  日光東照宮参拝の折の宿泊場所にもなっていた。
  また 羽街道・日光街道の宿場町としても発展した。
  現在も市内各所に武家屋敷や商家の町割
  由緒ある神社仏閣がある。

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  中央町交差点の手前 左折すると肴町通りへ
  肴町というのは職業名の町名で
  川魚を扱う御用商人がいたことによる。

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  また肴町通りは 古河城への食糧調達の道でもあり
  大名の使者を応接する役所があって石碑が建つ。
  
  役人は客を迎えるために馳り廻るので
   ここの役人を御馳走番所とも言われたとも。

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  その肴町通りにある「米銀」は
  弁当の配達・仕出しを行っている米屋で
  創業文政年間の初代銀蔵より190年間
  米専門の店。

  ここの弁当は こだわりがあり
  有機肥料だけで収穫したコメを使用している。

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  丁度 昼時 ここで昼食となる。

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  昼食を終え “よこまち柳通り”を北に入ると
  途中 土蔵造2階建、寄棟造桟瓦葺の
  ウナギ屋「武蔵屋本店」があった。
  この建物2013年に 
  登録有形文化財(建造物)に登録されている。

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  「武蔵屋本店」の向い側の広場の北東隅
  自然石に「関東の奇祭・古河提灯竿もみ祭り 発祥の地」と
  刻まれた石碑が建っている

  「古河提灯竿もみ祭り」は
   毎年12月の第1土曜日に開催され
   市内の各グループが 約18mの竹竿の先に提灯をつけ
  大勢で激しく揉み合いながら
  相手の提灯の火を消しあう という祭りで
  「関東の奇祭」と呼ばれている。

  因みに この祭りは 江戸時代に古河藩領だった
  北隣の 野木町にある野木神社の神官が
  御神体の神鉾を奉じて 神社の神領である
   7ヶ村の末社をめぐる“七郷めぐり”を終え
   12月3日の未明に帰社するのを 
   提灯をもって出迎えた人達が
  寒さをしのぐために体を揉み合ったのが始まりとされ
  別名「おかえり」とも言われる。

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  よこまち柳通りを行くと 銘菓店「はつせ」がある。
  この店には ほんのりとミルクの風味を生かした
  白くてまんまるな「しら玉」が好評。

  古河公方の御所に住み 美しく賢いと
  誉れの高かった五代氏姫が
  数多い野鳥の中でも 特に愛でたという
  白鷺の卵に似せた菓子が好んだそうだ。

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  「はつせ」から左折し参宮道路を行くと突当り
  渡良瀬遊水地の手前に「雀神社」がある。

  雀神社の名の起こりは 昔この辺りを
  「雀が原」といったことからその名がつけられたとも
  また「国鎮めの神」といったのが訛って
  スズメになったともいわれている。

  約1,100年前に出雲大社から勧請したものと言われ、
  古河公方(足利成氏をはじめ)歴代の古河城主が厚く尊崇し、
  五穀豊穣、家内安全を祈願してきた。
  夏の祭礼には「ささら獅子舞」が奉納されている。

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   雀神社の御神木「大欅」

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  雀神社から 渡良瀬提へ
  その堤上に建っている「万葉の歌碑」 

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  万葉集巻十四 東歌の中にある
   この地を詠んだ二首の一つ。
  
  古河の里が 古くから川ぞいを中心に開けた
   抒情豊かな文化の地であることを示している。

   「麻久良我(まくらが)の 許我(こが)の渡りの 
     韓楫(からかぢ)の 音高しもな 寝なへ児ゆゑに」

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  もう一首の歌碑は JR古河駅西口前にある。  
  
   「逢はずして 行かば惜しけむ 麻久良我の
           許我漕ぐ舟に 君も逢はぬかも」

 
   
                     ─ 続く ─

古河桃まつり
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      2017年4月5日(水) 晴れ

       ドライブ&サイクリング
              古河桃まつりへ

                    参加者 鈴木 関根 内田 金井

 
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  車2台にバイクを積み 朝9時出発
   一路354号線を北上 

   途中 道の駅「さかい」で休憩

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 11時 「古河桃まつり」会場に到着
  この桃まつりは 1976(昭和51)年から開催され
  今年で41回を数えている。

 祭も今日が最終日 陽気もよくなり桜も共演していた。


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 正門入口に向かう通路に
 ユネスコ メリナ・メルクーリ国際賞受賞記念碑がある。

 この賞 世界の主要な文化景観の保護と管理を目的とした
 顕著な活動に対して功績をたたえることを目的とし
 1992年に設けられている。
  受賞の理由は 「東京近郊にあり開発圧力に耐えた」との
 総括評価のほか
  「消滅沼(御所沼)の復元による自然と文化の再生」
  「自然と人間との多様な接触を表現したデザイン」
  「四季折々の自然に親しむ市民の営み」の3点が高く評価され
    2003年 日本で初めて受賞した。

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  古河公方公園(古河総合公園)に
  5品種約1500本の桃の花が咲きそろう。

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  野点茶店 ステージイベント 郷土物産品の
  即売会などが店が開き賑わっていた。。

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  この公園は 25ヘクタールにもおよぶ広大な公園
  古河公方足利成氏以来 古河城の別館のあった跡で
  「鴻巣御所」ともよばれ 
  旧御所沼に突き出た半島の中央部がそれにあたる。

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     標高22m「富士三塚」からの眺望

 浅間山や赤城山など関東平野をふちどる名峰を眺められるように
 御所沼を復元したときの残土を積み上げて作られ
 公園ランドマークになっている。

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     「古河公方館跡」の石碑

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  園内・民家園にある「旧中山家住宅」(県指定文化財)
  中山家は、武士の出身で江戸時代初期 
  猿島郡辺田村に帰農したといわれ
  代々辺田村の組頭などを勤めた旧家。
 
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     「旧飛田家住宅」(国指定文化財)
 金砂郷村 常陸地方によく見られる曲がり屋であり 
 別棟形式の民家との関連を知るために貴重な住宅。


                           ─ 続く ─



                 



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Author:kukizakitetujin
茨城県つくば市茎崎地区を中心に サイクリング等を通じ健全なる心身を鍛えることを目的としたシニアクラブです。

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