鉄人サイクルクラブ
つくば市茎崎地区を中心に、サイクリング等を通じ健全な心身を養うシニアクラブ
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龍ヶ崎市を往く 8 中央図書館(牛山純一ライブラリー)
    牛山2 (2)


   かつて テレビで観た「すばらしい世界旅行」の
  制作者 牛山純一 の記念ライブラリーがあるという 
  「龍ヶ崎市立中央図書館」(馴馬町)へ

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          玄関入口にある案内板

  牛山は 代表作「老人と鷹」
    (カンヌ・ユーロビジョン・グランプリ)や
  「すばらしい世界旅行」などで 
  映像の世界に「ドキュメンタリー分野」を確立し
  世界的なプロデューサーと称賛された。
   1930年に生まれ 1997年に亡くなった。(享年67歳)

  上映予定

  ライブラリーには 
  世界中を飛び回って収録した貴重な映像作品752本が
  ビデオとして保管されており
  月1回2作品が 館内のビデオ
  鑑賞コーナーで公開されている。
   残念ことに 代表作「老人と鷹」は 既に上映されていた。

  牛山と龍ケ崎市の関わりは 小学6年生の時に
  東京都内から当時の大宮村(市内宮淵町)に移住し
  龍ヶ崎中学校(現竜ヶ崎一高)を卒業するまで
  龍ケ崎市で過ごしたことにより
  生前からの希望で 第2のふるさと龍ヶ崎市に
  代表作600本が寄贈されたという。

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  2階ギャラリーには写真やトロフィー・盾など
  ゆかりの品々が展示されている。

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   牛山が通った 竜ケ崎一高(旧龍ヶ崎中学校)

   



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龍ヶ崎市を往く 7 関東鉄道・竜ヶ崎線
   パンフ_表2

  「龍ヶ崎市歴史民俗資料館」では 
  訪れた当日 我々にはタイミングよく
  特別企画「関東鉄道竜ケ崎線」として
  竜鉄の歴史を資料や写真で展示され
  興味深く またさらに知識を深めることができた。

パンフ_裏修

  茨城県下最古にして 
  最短の路線で 今でも営業が続けられている。

  展示_忌避伝説

  竜ケ崎線の誕生前の話

  明治時代には鉄道の建設が
  各地で進められる中
  常磐線は東京から北海道へ
  連絡する目的で 建設がすすめられた。
  
  当時の県南部は 
  利根川水系の水路と 東京への陸路が交差し
  龍ヶ崎は物流の拠点として繁栄していた。
  
  ということで 当然それらの事業に
  携わる人々が多くいたことにより
  鉄道の敷設に反対したことだろう。

  展示_歴史表

  開業以来 今年で116年を迎えている。

展示_100年記念
    2000(H12)年 運行開始100年を記念した記念品

  当ブログにて
   竜ケ崎線を沿線を話題(2016/06/12) 
    しているので 併せてご覧いただきたい。
  
南中島停留所跡

  1957(昭32)年 佐貫~入地間の
    「南中島駅」が廃止される。

南中島停留所跡3
           竜ケ崎駅方面を望む

門倉2号踏切2
           門倉2号踏切 
     
    この左手に「門倉駅」があった。

門倉駅跡
          竜ケ崎方面を望む 

  右手が「門倉駅跡」
  南中島駅と同じく 
  入地~竜ヶ崎間の「門倉駅」も廃止された。
  
  なお 各駅のホームは  
  竜ヶ崎方に向かって
  すべて右側に設置されている。
  
竜ケ崎駅遠景
          現在の竜ケ崎駅を望む 
  
  左から ホーム 引き込み線
   屋根の検車庫と並ぶ。
  
  なお 大がかりな検車は組織上
   常総線・水海道車両区で行っている。

   竜ケ崎駅

車両_2002_1

  竜ケ崎駅に停車中の
   市マスコットキャラクター「まいりゅう」を描いた
    ラッピング車両「まいりゅう号」(キハ2002号)

車両_2002_3

  「まいりゅう号」は 毎週日曜日の始発から
   最終列車までの終日運行しているが
    2017(H29)年3月まで運行される。
      

                   ─ 続く ─



龍ヶ崎市を往く 6 竜ヶ崎歴史民俗博物館
全景

  おなばけ通り 馴馬町にある
   「龍ヶ崎市歴史民俗資料館」へ

集合1

  ふるさと龍ケ崎の歴史を紹介する施設として
  1990(平成2)年 開館している。

スバル1

  玄関を入るなり なんと!
  先の昼食時の話題になった「スバル360」が
  展示されているではないか!

  「スバル360」は 
  富士重工業が開発した軽自動車で
  1958(昭33)年3月3日に デビューしてから 
  1970(昭45)年まで 延べ12年間に渡り
  約39万2,000台が生産された。

   百瀬晋六3

    先日のテレビ番組 昭和偉人伝
     「スバル360を作った男」として
     “百瀬晋六”が紹介され
     スバル360の誕生までの経緯を知る。

   スバル3603

          勢ぞろいしたスバル
       いまでも愛好者が乗り回している。

  編者も 昭和40年前後 
  先輩の運転するスバル360で 
  遠乗りしたことを思い起こした。

道標  町内細図

  先の若柴宿で 話題に取り上げた「水戸街道」
  その道標や 大正6年の「常陸龍ヶ崎明細地図」の
  町内図などの資料が展示され
  栄えた商店街が伺える。 

  また 「仙台領柱」が展示されており
  龍ケ崎市域の一部は 
  仙台藩領であったことを知る。
 
  伊達政宗は 龍ケ崎村に陣屋を構えて代官を置き
  常陸国における仙台領支配の中心地としたため
  龍ケ崎は繁栄してきており 
  街道の出入り口には「仙臺領」の石柱を建て
  治安と防衛のために番屋をおいたという。

昭和グッズ2

     昔の暮らしの道具が陳列されている。 
  
  昭和の生活空間 生活用品等が郷愁を誘う!
  常設展示には「龍ケ崎のすがた」 
  テーマ別に「原始・古代の龍ケ崎」から
  「中世 近世 近代の龍ケ崎」まで
   歴史的・時代順に詳細に紹介され
   龍ケ崎の歴史と民俗が 
   一目で分かるように展示されている。

たばこ屋1

  屋外には 「たばこ屋」「まで屋」
    「水車小屋」等が展示されている。

たばこ屋3

  市内の商家で使われた
  煙草や菓子の陳列ケース
  商売道具などが展示されている。
  
  愛煙家には懐かしい
  「ピース缶」や「ハイライト」「エコー」
  「しんせい」「ゴールデンバット」の
  ケースが並んでいる。

まで屋1

  「まで屋」とは 
  てっきり商家の屋号と思ったが
  龍ヶ崎方面の方言で 
  普段使用する農機具を収納する
  納屋のことを言うのだそうだ。
  
  現在の農機具は スチール製で
  動力・機械化されているが  
  ここにあるものは 
  すべて木製で手作業のものばかり。
  
  でも 我々シニアにとっては 
  懐かしいものばかりで
  遠くなった“ふるさと”が思い起こされる。

              ─ 続く ─
  

龍ヶ崎市を往く 5 若柴宿 2
裏参道

   若柴宿には 街道を迂回するように
     もう一つ道があった。
   
流坂

    「大阪」をあがった先 
   北側に下る「流坂」がある。

くじ神社1
  
   この流坂の先を左折すると 
   星宮神社へ向かう
   参拝道(裏参道)になっている。

くじ神社2

   参道は細く 木々がお生い茂り 
   昔ながらの雰囲気たっぷり中を進む。 
   
   途中 2本の巨木に挟まれた
   石段の奥に祠が見える。

    くじ神社3

   傍らの石柱には 
   難しい漢字が刻まれている。

   漢辞海

   辞書・全訳「漢辞海」によれば
   “たたかいがまえに亀の字で“クジ”と読む。
    かまえは“とうがまえ”ともいい 
   「二人の兵士が武器を持って戦うさまを表す。」
   現在は「門」の新字体に書き換えている。
   
   この 鬮(くじ)は 
   宝くじとか抽選くじのことではなく
   つまり「運」のことで 運の神様を祀っているのだ。
   果たして これからの我が運勢 「吉」となるか?
    とりあえず お参りしましょう!

牛女坂

   さらに参道を進むと 
   右手に「牛女坂」(うしめのさか)の案内があった。
   坂の由来は 星宮神社の“星”にあるようだ。 
   
   つまり“星座”七夕の牽牛と
   織女から名付けられたのでは・・・
   何と!ロマンチックなことでしょう。

御手洗池2

   さらに参道を進むと
   「御手洗池」の案内板がある。
   しかし 池らしいものは見当たらない 
   よく見ると欅の大木の根元が池のようで
   今は“から池”であった。
   
   池というから大きなものと思ったが 
   手が洗える程度の水があればよいので
   星宮神社への御手洗として
   使われていたのだろう。

   牛女坂を横に見て進み 
   街道筋に出て 再び星宮神社へ

                      ─ 続く ─

龍ヶ崎市を往く 4 若柴宿 1
1若柴宿

  江戸と水戸を結ぶ水戸街道
   20宿中 第8宿である
     「若柴宿」を訪ねてみた。

   現在 JR佐貫駅から北東方向
   台地の淵沿いに位置する。
  
   この宿は 藤代宿と牛久宿の間にあり
   ともに1里の距離にあるので 
   「本陣」は置かれていない。

  この宿の特徴は 台地の縁に
   沿ってあるので 坂が多い。

   東から西へ
    「大坂」「延命寺坂」「会所坂」「足袋屋坂」
     「鍛冶屋坂」「金龍寺坂」「八幡坂」と並び
      北から南に下っている。

2大坂

   「大坂」は 図右下にある坂で 
    宿への玄関口になる。    
    坂の右手は 「若柴城跡」になっている。

   ここ「大坂」から金龍寺まで 
    約500mが「若柴宿」で
     下町 仲町 上町 横町と町名が連なる。

3八坂神社

   大坂を登りきったところ
   右手の角 「八坂神社」がある。
   龍ヶ崎市内にも八坂神社があるので
   区別するため「若柴八坂神社」と呼んでいる。

   素戔嗚尊(スサノオ)を祭神とする神社で
    日本全国に約2300社あるという。
   神仏分離令前は「祇園神社」「祇園社」
    「祇園感神院」と呼ばれていた。

豪農門

   1883(明16)年 龍ヶ崎中心部で大火災があったが
    ここ若柴宿も 1886(明19)年の大火で
     宿の大半が焼失してしまった。

   しかし 現在この辺りには立派な門構えの
    旧家が立ち並び 宿場町というよりは
     豪農の屋敷町の雰囲気になっている。

延命寺坂2

   下町の一角に「延命寺坂」がある。
   当時は 真言宗延命寺があったが 
   明治初期の農村荒廃期に無住となり
   神仏分離に際して廃寺となったという。

   坂を下ると”ねがらの道”に出る。
   “ねがら”とは 根のはびこると言う意味で「根柄」と書く。
   台地下に沿った道に付けられる一般名詞である。

   椿の小路4
   
   冬から春にかけて斜面の林に“やぶ椿”が咲くことから
   「椿の小径」という愛称が付けられている

会所坂1

   仲町には「会所坂」がる。
   会所とあるから なんらかの会
    催し物 寄合や会合の場所が
     坂の途中にあって名づけられたようだ。
   しかし 今は草木が覆い 通れるようではない。

薬師寺跡2

  「会所坂」の先
   街道から南70mほど奥に「薬師寺跡」がある

薬師寺跡4

  現在は 薬師寺に代わって 
  子安大明神・薬師如来を祀った祠と
  普門品供養塔等の石塔石仏群が祀られている。

仲宿坂

   また 薬師寺跡前 道を挟んで
   「仲宿坂」(東屋坂)がある。
   この坂だけは 街道から北方向へ下る坂になっている。

足袋屋坂1

   仲町と上町の間に「足袋屋坂」がある。
   この辺りに足袋屋があったのだろう。

足袋屋坂2

   足袋屋坂の坂上からは佐貫方面が望める。

足袋屋坂下

   現在 この足袋屋坂と大阪が 
    自動車等が行き来している。

鍛冶屋坂

   街道が街を直角に右折するのに対し
   反対側に「鍛冶屋坂」がある。
   坂下に鍛冶屋があったことから
   名付けられている。

鍛冶屋坂下
   
           鍛冶屋坂下
 
   坂は 舗装され 生活道路にはなっているようだ。

金龍寺3

   その直角に右折した先 左側に「金龍寺」がある。
   曹洞宗の古刹で 新田義貞の子孫・由良国繁が上州太田から
   この地に移封されたのを伴い 菩提寺であった
   金龍寺もこの地に移された。
   この金龍寺は 
     当ブログ 2014/11/13 竜ケ崎コロッケツアー
    話題にしている。
   

田舎庵2

  街道を直角に右折する内側に そば屋「田舎庵」があった。
   しかし 現在 休業中なのか門は閉ざされていた。

星宮神社1

  「星宮神社」は 若柴宿・横町の北のはずれにある。

星宮神社9

  鳥居の注連縄は 他と違い“酒樽”が編まれている。

星宮神社3

   この神社の神様は壮大で
   「天御中主大神」が天地創造の時
   高天原(天の真中)に最初に現れたという。
   全知全能の宇宙の根源の神様なのだそうだ。

    この天の真中は「星」で 
   つまり 北極星・北斗七星を指すという。

    北極星を中心に星が回る話は
    日光東照宮にもあったが
    宇宙の中心に通ずるということなのだろう。
    
    また この神社のお使いは
    “ウナギに乗って天から舞い降りてきた”と
    言い伝えられことから
    「ウナギを食べない村」としての迷信があるそうだ。

星宮神社5

   境内に当地出身「一力長五郎」の
    略歴記した説明板があった。

   星宮神社4

    常磐線脇 牛久沼を見渡せる場所にある
     「一力長五郎の墓」

  この星宮神社から北に向かうと
     牛久宿へと通ずる。

               ─ 続く ─




龍ヶ崎市を往く 3 流通経済大学
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    龍ヶ崎市中心部の小高い丘にある
     「流通経済大学」を訪れる。

    流通経済大学は 1965(昭40)年に創設され
     創立50周年を迎えている。

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  設置者は「学校法人日通学園」で 
  日本通運株式会社(日通)の寄付を元に
  「流通経済一般に関する研究と教育を振興して、
  わが国経済の飛躍的発展を図るとともに、
  深く人文科学を攻究し、教養ゆたかな、
  視野の広い指導的人材を育成して、
  国民経済の健全化と福祉の増進を図る」
  として 設立された。

  現在 経済・社会・流通情報・法学・スポーツ健康科学の
   5学部と大学院研究科の中規模の総合大学としている。

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  キャンパスは ここ竜ケ崎(約26万m2)と
  新松戸(約9千m2)とに分かれ 
  新入生は どちらかを選ぶことができるそうだ。
  因みに 学生総数は 5000余人 

  見学はできなかったが 
  構内には三宅雪嶺記念資料館があり
  書籍・書簡・収集品などが収集されている。  
  
  三宅雪嶺は 明治から昭和にかけて活躍した
  哲学者・評論家で 雑誌『日本人』を創刊し
  欧化主義と藩閥政治を批判するなど 
  社会時評や人生論なども数多く発表し
  文化勲章も受章している。

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  我々は 入学目的で入構したのではなく 
  丁度昼時 学食で昼食を頂きたくお邪魔したしだいです。
 
  学食は 第2代理事長・澤村貴義の功績を称えて
  建設(1981年)された「澤村記念館」にあった。

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  夏季休業中でもあり 食堂は営業をしていても
  学生の姿はなかった。
  施設は明るく清潔感がある。

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  さすが 流通経済の専門! 
  メニューの値段もリーズナブルで 
  特に定食は ワインコインで オツリがきました。
  
  また そのボリューム満点で 
  我々シニアにはあまりあった。
  2Fの喫茶室は 休業中でした。

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  「ご馳走様でした!」 
    お礼に正門前で記念撮影。
 
  〈余談〉
   我々シニアは 日本通運といえば
   即「日通事件」を思い起こす。

   永年 米麦の輸送を独占的に
   手掛けていた日本通運について 
   1967(昭42)年 国会でその独占が問題になり 
   日通がその追及を逃れようと
   議員に賄賂を渡した事件だが
   さらに この事件を巡り
   検察内部の抗争が浮き彫りにもなった。

   編者は 当時 東京大塚にあった
   日通病院に入院したこと
   また 検察内部の当事者である
   先生の講義を受けたことも
   同時に思い出した。

   診察券_日通2
 


                             ─ 続く ─



  

龍ヶ崎市を往く  2  神社仏閣
集合_般若院

                  般若院本堂前

  龍ヶ崎市内には神社仏閣が多くある。
  歴史探訪として その主なところを訪れてみた。
  
  根町にある 天台宗「般若院」は 
  978(天元元)年 道珍法師によって 貝原塚に開基され
  1924(大永四)年に 現在の場所に移ったという。
  
  三代将軍徳川家光のとき雨乞いを 祈願して
  江戸の大干ばつを救済し
  幕府から「虎の尾」を拝領している。
  
   大師堂には 伝教大師と弘法大師が 安置されているという。
   また 観音堂には聖観音が安置されていて
  子育て観音として 信仰されている。

般若院正門
               般若院門前

般若院枝垂れ桜3

  特に 本堂裏にある
   樹齢400年を超す “枝垂れ桜”が 有名である。

   般若院枝垂れ桜2

   1988_04_般若院桜2
               (1988年撮影)

上町八坂神社

  上町の八坂神社
 
 1185~1190(文治年間)征夷大将軍・源頼朝から地頭として
  常陸南部を領した下河辺政義が 鎌倉時代以前は
  台地より下は沼地だった龍ケ崎の開拓に際し
  高井(貝原塚町)の農民を移した。
  
  その際 農民の心の拠り所だった貝原塚八坂神社の分社を
  開拓地の根町に建立したのが 上町八坂神社の始まりで
  1577(天正5)年 現在の上町に移っている。
  
  祭神は 建速須佐之男命。 
  水を主宰する国土開発の神であり
  農耕・商工運輸交通の道を授け 
  悪事災難を取り除く 守護神といわれている。

  なお 明治維新まで この八坂神社は
  「天王社」といわれていたが
  今でも 俗に「天王様」と呼ばれて 親しまれている。
  天王とは 「牛頭天王」のことで 祇園社の祭神であり
  疾病や農作物の害虫などを払う神。

  7月下旬 祇園祭の最終日に行われる
  「撞舞」(つくまい)は 見物客でにぎわう。
   2010(平22)年 県の無形民俗文化財に指定された。  

   ツクマイ

       つくまい2

  撞舞の会場となる道路には 
  歴代舞男のプレートが埋め込まれている。
  
   なお 撞舞の起源には諸説あり 
  古代中国の民間芸能が 日本に伝わり 
  五穀豊穣祈願や雨乞いなど
  祭の神事と結び付いたとする説もある。
  
  因みに 辞書「漢辞海」によれば  
   「橦」は 布を張るための柱・旗竿 
   「撞」は たたく・突き刺す を意味し  
   推測だが ”ツクマイ”は 長い柱の上で舞い踊るので
    「橦」が「撞」に転化したのでは。
   
     
           YouTube から
  
    カエルの格好をした舞男が 命綱なしで 柱に上り舞を踊る  
    忍者かサーカスか アクロバットな舞の舞台である。
         

龍ヶ崎観音

  下町にある 東福山水天院 「龍泉寺」は 
  天台宗の寺 「龍ケ崎観音」の呼び名で 親しまれている。
 
  1573~1592(天正年間) 
   江戸崎城主・土岐胤倫(後に龍ケ崎城主)の創建と伝えられ
  1624~1644(寛永年間) 
    上野寛永寺の天海僧正が再興した。
  
   明治の初期10余年の歳月をかけて
  本堂を再建したが
  1883(明16)年 砂町・上町・下町が
  跡形もなく全焼した龍ケ崎大火で
  その落成寸前に消失してしまった。

  その後は 仮本堂であったが 
  1975(昭50)年に新築されている。
  
  土岐胤倫の妻・お福の方の難産に際し
  聖観世音菩薩の尊像を迎えて寺を建て祈願したところ
  無事出産できたという伝えがあり 
  今も 安産・子育て・出生・開運・除災の
  観音様として広く信仰を集めている。

  本尊は 安産祈願の聖観世音菩薩で
  「安産観音」として親しまれている。
  
  毎年7月10日の「ほおづき市」は
  4万6千日分の参拝をしたことになる
  功徳日としてにぎわうそうだ。

医王院2

  砂町にある曹洞宗玉光山「医王院」は
  1558(慶長3)年の創建とされている。
  
  本尊は 薬師如来で 
  龍ケ崎城主・土岐胤倫が創建した十二薬師の一つ。
  
  本堂は 江戸時代初期の建築で 
  1883(明治16)年の龍ケ崎大火でも消失を免れている。
  その後何度も補修されて 
  創建当時の様式をそのままに残している。
  
  1798(寛政10)年には 小林一茶も当地を訪れるなど
  龍ケ崎では俳諧を中心とした文芸も盛んだったよう。

大統寺1

  横町にある曹洞宗龍峰山「大統寺」は
  1585(天正13)年 創建で
  龍ケ崎城主・土岐胤倫が
  叔父の天岩梵宿和尚を招いて開山した。
  そのときに根町台にあった大運寺を現在の場所に移し
  さらに当時あった 大聖院・天真院の2つの寺を合併して
  寺名を大統寺として 宗派も臨済宗から曹洞宗になった。
  
  本尊は 釈迦年尼仏  本堂は
   1661~1673(寛文年間)と1
    804~1818(文化年間)に再建されている。

大統寺3

大統寺6

  このとき本堂の前に 竹柏(なぎ)などを植えられ
  今では見事な大樹となって茂っている。
  竹柏は マキ科の常緑高木で温帯植物。
  関東地方でこのように大木に成長したのは珍しく
  市指定天然記念物となっている。

愛宕神社

  「愛宕神社」は 根町の高台にあって
  1641(寛永18)年 
  時の領主・伊達陸奥守忠宗(正宗の子)が創建している。
  
  伊達家は 代々 愛宕社を崇拝し 
  仙台には京都より勧請した愛宕社が祀られており
  幕末に北海道に移住して開墾に従事した仙台領民の村には
  必ず愛宕社が祀られているという。
  
  1708(宝永5)年 社殿が再建され 修築を経て今ある。
  社殿は 表6尺・奥行き6尺5寸の総檜造りで
  龍や鷹の優れた彫刻が施されている。
  
  愛宕神社は「火伏せの神」とも
  神前に置いてある笹をもらって屋根にさすという習わしがあり
  いまでもお祭りの時は
  「火伏せの笹」を もらい受けに参詣するという。
   
來迎院2

  馴馬町にある 
  天台宗・法華山宝塔寺「来迎院」(らいごういん)へ
  創立は 923~930(延長年間)といわれている。

    多宝塔2

  ここには 二重の「多宝塔」があり
  2006(平18)年 国の重要文化財になっている。
  
  この地方では 珍しい多宝塔形式で
  室町時代の特色を示してる。
  この種の多宝塔は 当地と京都北部の丹後国と
  全国に 二つしかないといわれている。

多宝塔3


  毎年12月23日に行われる 
  火防(ひぶせ)護摩供 火渡り修行が有名。


                               ─ 続く ─

龍ヶ崎市を往く
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  2016年8月31日(水)快晴  7:00~15:30

 クラブの活動は 久しぶり
  台風10号過ぎ去り まさしく 台風一過の快晴
   稲も台風の影響を受けることなく
    順調に生育し 穂を垂れている。
  
        参加者:鈴木 関根 内田 金井
 
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  朝7時 マスダ茎崎店前に集合 
   出発前の点検 怠りなし!

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   松屋牛久店にて 朝食を摂りながら
     本日の行程を相談し
      龍ヶ崎市を訪れることなり 

      一路 龍ヶ崎市へ。

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  街なかサイクリング
  上町の商店街大通りに面して建つ
   「旧小野瀬家住宅」へ。
  
  大正期から昭和初期の木造の町屋建築で
   建築物としても質が高く
    当時の豪商の様子が伝わってくる。

  丁度通りかかった 
    ご婦人(お名前を聞きそびれた)が 
  この住宅
   2003(平15)年 国の「登録有形文化財」に
    なった経緯を説明してくれた。。
  
   小野瀬家は江戸時代から代々 
    絞油製造業・肥料商で
   特に 3代・忠兵衛は肥料と塩の専売で財をなし
    1906(明39)年に 龍ケ崎農商銀行の創立発起人になるなど
     また 5代目は衆議院議員を務めるなど 
   
   小野瀬家は 龍ヶ崎の発展に
    大きく貢献してきたという。 

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  現在 屋内は 公開していないので
   ガラス戸から覗くと
    古くから油問屋や肥料商などを生業とし
     大きな金庫や太い柱などが 
      豪商であったことが伺える。

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  また 先のご婦人は 
   赤レンガ門柱の移築保存運動に携わってきたという。
  
  その門柱は 2015年11月に 
   上町・八坂神社南側 中央公園に移築されてある。
  
   そもそも門柱は 竜ヶ崎駅近く 
    約2千5百余坪の広大な土地を有した
     諸岡邸のものであった。
  
   この敷地が 別途利用されることになり
    赤レンガの門と塀も撤去の運命にあったが
     9年にも及ぶ市民運動により 
      その移築 保存が達成されたという。

  この間 東京駅赤煉瓦駅舎の復元が話題になり
   龍ケ崎の赤レンガ門柱が
    東京駅と同じ貴重な覆輪目地であることが
     分かったそうだ。

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  先の10月2日(日) には 
   「2016年全国コロッケフェスティバル」が
    この龍ヶ崎市で開催され
     いろいろなイベントが用意されているという。

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  龍ケ崎に来たら コロッケで町おこし
   その事業に貢献しようと
    下町にある服部精肉店へ
  
  昭和11年に開業したというから
   今年は8 0年を迎えている。
    現在2代目が営業しているお肉屋さん。 

  注文は 受けてから揚げてくれる 
   自慢の手作り“愛情コロッケ”を

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  創業以来 変わらない味付けで 
   ジャガイモの甘みがほんのり感じ
    カリッと食感のあるコロモとよく合い
     アツアツでした。

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  愛想よく“おもてなしの心”のおかみさんが
   我々が つくば市からきたというので 
    ドリンクをサービスしてくれたのには
         感激です。

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  上町に「どらすて」と 看板があがる建物がある。
   当初 何の意味だろうと思ったら
    龍ヶ崎の「ドラゴン」と
     駅の「ステーション」から作った名前だそうだ。

  「創造物の発表・展示を通して
   地域文化の振興と発展に貢献する」の理念の基に
   街の活性化の始発駅となるよう
    市商工会が2005(平17)年に設立した。

  このコンセプトにより 
   現在 3ブースを貸し出しているそうだ。
    ① 「ギャラリーあ・ら・がーるA・B・C」
      1日単位で 手工芸品等の販売・展示・個展等用として。
    ② レンタルボックス「宝箱」
      1ヶ月単位で 創作小物の販売ボックスとして。
    ③ レンタルキッチン「スタチオーネ」
      1日単位で キッチン+飲食ホールとして。

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  サイクリング中 
   市内を横断するように流れる「大正掘川」
    その欄干には
     市の木・松 鳥・白鳥 花・ききょう
      そして龍が飾られている。

                   ─ 続く ─



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Author:kukizakitetujin
茨城県つくば市茎崎地区を中心に サイクリング等を通じ健全なる心身を鍛えることを目的としたシニアクラブです。

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