鉄人サイクルクラブ
つくば市茎崎地区を中心に、サイクリング等を通じ健全な心身を養うシニアクラブ
03 | 2015/04 | 05
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

北茨城市を訪ねて(3)
桜並木

  昨日に続いて 今日も上天気になってくれた。
  桜前線が北上して往って 散りゆく桜並木のなか進む。

国道6号171km

 国道6号(東京~仙台 345.5km)別名「陸前浜街道」
 東京から171km地点 その中間点になる。

 横には新鮮な海産物を売る店があり
 何か土産物になるものはないかと のぞいてみた。

二ツ島1

 「ニツ島」を見み 心地よい潮風を受けて
 快調に陸前浜街道沿に進む。

二つ島2

 「ニツ島」は、磯原海岸沖合にある無人島。
 当方には“象”が水を飲んでいるようにも見えるが。
 
 その名の通り もともと二つの島があったことから
 「二ツ島」と名前がついていたが
 隣にあった小さな島(岩礁)は、消失しまったようだ。

 また、以前は島の上部に樹木が見られたが、
 東日本大震災に伴う崩落と津波により消失して
 裸島になってしまい、今は海鵜の住処になっているようだ。
 茨城百景にも選定され、北茨城市のシンボル的な存在となっており
 周辺には「ニツ島」の名を冠したホテルなどもある。

雨情記念館

 「北茨城市歴史民俗資料館」「野口雨情記念館」へ。

 1階は 雨情の記念館で「赤い靴」「七つの子」などの楽譜を初め、
 全国から収集された雨情の作品や遺品の数々が展示されている。

 2階には 東日本大震災の被災状況と民俗道具が展示されて
 北茨城市の歴史を知ることができる。

シャボン玉

 記念館前の雨情像に近寄ると 
 代表作「しゃぼん玉」のメロディーとともに
 無数のシャボン玉が噴き出てきた。

 野口雨情は、1882(明治15)年に生まれ
 1945(昭和20)年に亡くなって 今年没後70年を迎えている。
 詩人、童謡・民謡作詞家で 多くの名作を残し、
 北原白秋、西条八十とならんで“三大童謡詩人”とうたわれた。

 代表作には「十五夜お月さん」「七つの子」「赤い靴」
 「青い眼の人形」「シャボン玉」「こがね虫」「あの町この町」
 「雨降りお月さん」「証城寺の狸囃子」などの童謡と
 全国各地を旅し、「波浮の港」「船頭小唄」「磯原節」などの民謡もある。

雨情生家

 雨情の生家は 雨情記念館から国道6号を挟んで
 200m程先のところにある。

 雨情は 1882(明治15)年 磯原町の野口量平の長男として生まれ、
 本名を英吉といい、15歳で上京するまで、この家で育った

 雨情の生家は廻船問屋でもあり、
 また、野口家は水戸藩第2代藩主徳川光圀が逗留し、
 「観海亭」名付けるなど水戸徳川家との所縁も深く、
 古文書なども保管されている。
 重厚な家屋は1967(昭和42)年 県の文化財に指定された。

 東日本大震災時 生家には 1.5mまで津波が襲い、
 資料館は床下浸水したが 資料等を2階に移したため
 雨情の原稿や本、すずり、帽子、着物など
 8割方が助かったとのこと。

雨情生家館
     
 生家の隣に資料館「雨情生家館」が併設されている。
 1999(平成11)年に 開館し、多くの資料を展示している。

風船爆弾

  「北茨城市歴史民俗資料館」には 貴重な資料が展示してあった。
  驚くことに この大津の地(他に 福島県勿来、千葉県一宮)から、
  戦況が悪化した太平洋戦争末期
  追いつめられた当時の日本軍が「ふ号兵器」(風船爆弾)として
  アメリカ本土に向けて高度 8000m以上に吹く偏西風を利用し、
  和紙とコンニャクのりで貼りあわせた紙風船(無圧式)に
  時限信管をつけた焼夷弾(5kg・2個)と
  爆弾(15kg・1個)を吊り下げ、
  アメリカ本土上空に辿り着いた頃に落下するように
  考案された実用兵器「風船爆弾」の模型だ。
 
 風船爆弾は、約9000個が放たれ 
 北アメリカ大陸に到達した数は推定1割という。
 事態を重く見たアメリカは、日本に作戦失敗と思わせるため、
 厳しい報道管制を敷いた。
 しかし その結果、オレゴン州の小さな村で、6人が死亡してしまった。
 これは、アメリカ本土で敵の攻撃を受けた、唯一の犠牲者となったという。
 
 このほど 首相官邸の屋上に小形無人機 “ドローン”が
  落下した事件が報道されているが
   まさに 風船爆弾と発想手法が同じで 驚くばかりだ。

松陰碑

 NHK大河ドラマ「花燃ゆ」が今放映されているが。
  その吉田松陰が この磯原の地にも訪れており、
   紀行を書き漢詩も残している。

 1853(嘉永5)年、23歳の松陰は北辺警備視察の途上、
 磯原に立ち寄り野口家に泊り、酒を飲み大いに語り合った。
 その時一編の詩「磯原客舎」を残したが、
 その内容では 松陰は酒には弱かったようだ。

 「吉田松陰先生来歴之地」の碑が 天妃山の手前に建っている。
 松陰の「磯原客舎」の七言絶句が刻まれている。

弟橘神社

  天妃山は、1690(元禄3)年、光圀が天妃神をここに祀り、
 磯原の海の守護神とした。
 以来、この小さな山は「天妃山」と呼ばれることになった。

 その後、1831(天保2)年、斉昭が日本尊の妃、
 弟橘媛(おとたちばなひめ)を海陸の守護神として合祀し、
 麓の神社は「弟橘媛神社」と改称された。

 県内2番目 21・2mの低山で、数分でお堂のある頂上へ
 登ると太平洋の海原が開け、北側には二つ島、
 大津漁港と続く長い海岸線が展望でき 
 光圀が腰かけてこの景色を 見たという碑もあった。

 因みに 日本一低い山は 3mの「日和山」(仙台市)
 茨城県一は 19.4mの「天神山」(東海村)で 日本では21番目。

天妃山より太平洋   
             天妃山より太平洋を望む

 国道6号を東京方面に走り 12:30過ぎ「磯原駅」へ

磯原駅前

 磯原駅は 相対式ホームの 2面2線を有している。
 1897(明治30)年 日本鉄道の駅として 開業し、
 1997(平成9)年には 橋上駅化している。

からくり時計

 磯原駅東口のロータリーに 
 1992(平成4)年に造られた「からくり時計」がある。

 六角堂をモチーフして造られており 
 台座6面には 雨情の「証城寺の狸囃子」
 「七つの子」「十五夜お月さん」と「六角堂」「二ツ島」
 「梅の花」が飾られている。 

 丁度 12時に 観音開きの戸が開き
 雨情が作詞した代表曲
  「しゃぼん玉」「七つの子」「青い目の人形」の3曲を、
 3分間演奏すると共に、曲になぞられた 「からくり人形」が
 登場してきて 楽しませてくれた。

 因みに 演奏時刻は 1日7回(9・12・15・16・17・18・19時)


        動画「からくり時計」(YouTebuから)

雨情通り

  磯原駅西口からは「七つの子通り」が延び
  磯原駅東口からは“雨情通り”と 
  駅には 童謡のプレートやレリーフなど
  雨情にちなんだものであふれ 町全体が 雨情一色だ。

 その雨情通りの中ほどある 「山口屋食堂」 へ

もつ定食

 店内は昭和の雰囲気が漂う。
  ここでも津波が押し寄せたと 壁のシミを指して説明してくれた。
   店おすすめの「とりもつ定食」にて 昼食を摂る。

磯原駅

  磯原駅の発車メロディーにも「七つの子」が使われている。

 バイクを収納して 12:52発に乗車し 牛久に向かう
 途中からは 車窓ガラスに雨が吹き付けてきたが
  14:30 牛久駅で解散するときは 
    薄日もさす小雨となり 急ぎ帰宅することができた。

                     お疲れ様でした!




スポンサーサイト
北茨城市を訪ねて(2)
conv0004_20150425000936ef5.jpg

  五浦地区は意外に起伏があって
  サイクリングでは少々難儀し 疲れを覚えたが
   今日一日無事に 感謝して乾杯!

conv0002_201504250009357c0.jpg


  もうアンコウの最盛期は終わっていて
   期待していなかった「あんこう鍋」が出され 
    しかも 他の料理店の量の倍はあるのに 感激!

  その他 かに カサゴ揚げ お刺身 おつくり 
   デザート等と食卓に並び
    我々の普段の量をはるかに超えているが 完食だ!

conv0016_2015042500235253a.jpg

  大津港駅前に 誇らしげに たなびく優勝の幟があった。

  余聞だが さすがにご当地は「あんこう鍋」だ! 
  2014年11月2日 東京の台所である築地市場で
  「築地市場まつり」が  開催され、
  全国から集まった16種類の鍋から、
  来場者の投票でグランプリを決定する「鍋グランプリ」があった。
  そこで この「あんこう鍋」が優勝したという。

conv0006_20150425000554a1f.jpg

  ここ五浦は温泉地 民宿にも温泉が引かれている。
   少々油臭いので重油バナーで加熱しているのかと思ったが
   さにあらず 源泉温度は76.8度あって 水で薄めるほど。
   泉質はナトリウムカルシウム塩化物泉ということで
   この臭いは 磯海苔の臭いや
     ここで産出する蛙目粘土の成分があるようだ。

  また この成分が効能にあるようで 神経痛・筋肉痛・関節痛
    ・五十肩・関節・うちみ ・慢性消化器病・冷え性・きりきず
    ・やけど・慢性皮膚病・病後疲労回復・健康増進と
  効能書にあった。

conv0015_20150425000555326.jpg
 
  床に入ってすぐに熟睡したことで翌朝 快調に目覚め 
   6;25から NHKの「テレビ体操」の指導のもと
    加齢で少々固くなっている体をほぐす。

conv0003 (2)

conv0006 (2)

  朝食前 潮騒の中 天心の気分で 海岸を散歩する。

conv0013_20150425000554c50.jpg

  一夜お世話になった民宿前にて

    8:30 2日目の旅へ出発

                            《 続 く 》 



北茨城市を訪ねて(1)
大津港駅2


 2015年4月16(木)~17日(金) 北茨城サイクリング
    2回目の輪行及び一泊旅行を実施する。
     参加者 鈴木 関根 内田 金井 の4会員

 6:30 牛久駅に集合し 直ちにバイクを輪行袋に収納し
 牛久駅 6:46発 途中高萩で 乗り継ぐが
  車内は通学通勤客で混雑して 日立駅まで続き
   朝食は立ったまま済ませることになってしまった。 

車内4
 
 128.1km 先の 大津港駅に 9:21 到着する。

大津港駅4

 大津港の駅舎は 2013(H25)年3月に リニューアルしている。
 六角堂をイメージしたデザインで、木製格子を使い 
  日本の家屋風にしている。

びすとれ1

 ここ北茨城市は 水戸から約70km 東京から約160km、
 福島県との県境にある。
 大津港駅前にある観光案内所 「びすとれ」に立ち寄る。
 この案内所 大正時代初期に建設され、
 40年以上使われていなかった
 赤レンガ造を利用して 2012年7月 
 復興支援と観光案内所を兼ねてオープンし
 五浦天心焼、水産加工品などを展示販売していた。

conv0012_20150422094238159.jpg

 茨城県の最北の平潟港へ
 天然の入江の平潟漁港は、県内随一の
 アンコウの水揚げを誇る港で、
 江戸時代には、東回り航路の寄港地や風待ち港にも指定され、
 古くから海路の要所として栄えた。
 今も、沿岸漁業の基地として栄え、「あんこう料理」の漁港としても
 全国的に知られ有名になっており 
 アワビ・ウニ・ヒラメ・カレイ・鯛なども、
 季節の旬の新鮮な地魚類が豊富に水揚げされている。
 港の風景はかつて野口雨情の 
 ゛波浮の港"のモデルになったともいわれている。

conv0016_20150422094241fdf.jpg

 2011年東日本大震災の大津波の記念碑が建っており 
 地震から45分後 15:31に 6.7mの津波に襲われ
 死者5名 行方不明1名の犠牲者
 2400戸の全壊・半壊家屋の被害と
 ここ平潟港も甚大な被害を受けた記録されている。 
 復興事業は進んでいるようだが 
 よく見るとまだまだその傷があちこちにみえる。

conv0025_201504220942415af.jpg


 平潟港から まだ桜が散り切れていないなか 五浦美術館へ
 「天心記念五浦美術館」は、1997(H9)年に開館し 
 常設展示として岡倉天心や横山大観をはじめとする
 五浦の作家たちの業績を顕彰しその優れた作品が鑑賞できる。
 また 入場した時は 
 企画展「歌麿とその時代―黄金期の浮世絵」が開催中で 
 浮世絵だけでなくその中に登場する花魁道中着や
 かんざしなども展示されていた。

天心顔

conv0028_20150424164036b6d.jpg

 天心の横顔のシルエットが 館の窓ガラスに貼られている。
 人間に見えても この窓ガラスに激突する野鳥が多いとか
 この時も我々の目の前で 残念なことに 激突死?してしまった・・・。

conv0072.jpg

 美術館から今日の宿泊所に立ち寄り荷物を預けて 大津漁港へ。
 大津港は、県内随一の施網漁港として年間数万トンの漁獲量を誇り、
 大型・中型漁船が主体に漁業基地として発展している。

 施網漁業では、サバ類やイワシ類などが、
 小型漁船による曳網漁業では、
 シラス・コウナゴ・オキアミなどが漁獲され、
 季節の旬の新鮮な魚貝類が豊富に水揚げされている。

 震災から 4年を迎えたが 漁業の町として
 再興の最中で 冷凍庫?の建設が行われている。
 また 福島原発に近く風評対策として
 1時間に魚1400匹の放射性物質の
 検査ができるベルトコンベヤーを使った機械を導入し、
 安全性の確認により力を入れているとのこと。

conv0065.jpg

 我々は 昼食を求めて大津漁港直営市場へ。

海鮮丼

 「東のあんこう、西のフグ」といわれる
 名物魚のアンコウは、水深100~200mの海に生息し、
 底曳き網という漁法で捕獲される。
 あんこうの漁は産卵を終えた 7・8月が禁漁となっているが
 秋口からシーズンとなり、冬の寒い時期には
 あんこう鍋の最盛期になるそうだ。

 当方は 数あるメニューから「海鮮丼」をチョイス
 マグロ、ウニ、イクラ、タイに季節の鮮魚を加えた、
 海鮮を一度に味わえた。

conv0068.jpg

 食堂の隣にある 大津港資料館「よう・そろ~」には
 国選択無形民俗文化財指定の「御船祭」の
 “神船”が展示されている。

 東日本大震災の津波によって、
 資料館や市場食堂なども大きな被害を受けたが、
 幸いにも船は倒れなかったため、
 大きな損傷はなかったそうだ

 御船祭は、約300年前から続く、漁港近くの
 佐波波地祇(さわわちぎ)神社の例大祭で、
 もともとは「佐波波地祇神社御祭り」と呼ばれていた。
  (昭和59 年からは常陸大津の御船祭)
 5年に1度、5月2~3日に行われる春の大祭で、
 昨年はその開催年であった。
 いまだ復興途上であり開催を危ぶむ声もあったが、
 「祭りで町が活気づけば…」との思いで開催されている。

 このお祭りは 船体の両側に海の幸が描かれた船は、
 全長15m、幅4m、重さ約5トンという巨大な木造船であり 
 海ではなく陸上で曳き回すのだ。

 全国にはいくつかこの「御船祭り」と称するお祭りがあり、
 船の形をした山車に車輪を付けて曳くのだが ここの船は、
 ソロバンとよばれる井桁状に組んだ木枠の上を滑らせる形で
 水主(歌子)の歌う御船歌や囃しにあわせ 
 300人ほどの曳き手に曳かれ
 さらに 30人ほどの若者が船縁にとりつき
 左右に揺らしながら町中を練り歩くという奇祭だ。

conv0011_2015042209445031c.jpg

 漁港から急坂を登って、県の最北端にあって大津岬に建つ、
 高さ16m白亜の灯台「大津岬灯台」へ。

 歴史的には、1960(昭和35)年に設置された
 白色塔形(円形)コンクリート造りであった。
 その後、1988(昭和63)年 
 機器の改良工事により光力の増大が行われた。
 しかし 東日本大震災で倒壊のおそれが出たため 
 2012(H24)年に建て替えられ
 県内に 5カ所ある沿岸灯台で
 初めて太陽光発電装置を採り入れて再開している。

conv0037.jpg


 ここ「五浦岬公園」に 東日本大震災の「展望慰霊塔」が建つ。
 2014(H26)年、震災から 3年目に竣工しており
 高さ16mからは、目の前に太平洋の海原広がり、
 六角堂も眼下に見える。
 塔には鎮魂の鐘があり「希望」、反対側に「祈」と刻まれている。

海岸

 五浦海岸は 南から「小五浦」「大五浦」「椿磯」「中磯」「端磯」の
 五つの浦(磯)を称して五浦という。
 また 大小の入江と美しい松林は「日本の渚100選」に、
 海岸の波音は「日本の音風景100選」に選ばれている。

大観荘


conv0046_20150422094605eb2.jpg

 岡倉天心ゆかりの「六角堂」が残されている
  「茨城大学五浦美術文化研究所」へ
 この小さな建物「六角堂」(正式名称「観瀾亭」という。)には、
  ①杜甫の草堂六角亭子の構造 
  ②朱塗りの外壁と屋根の如意宝珠は仏堂
  ③内部には床の間・炉を備えた茶室 
 と三つの意図があり 中国・インド・日本とアジアの
 伝統思想が込められているそうだ。
 しかし 東日本大震災による津波により消失してしまったが
 2012(H24)年 創建当時の姿で再建された。

conv0047.jpg

 岡倉天心は、1863年に横浜で生まれ、
 27歳で東京美術学校の校長になる。
 その後 1898年 35歳で東京美術学校を退き日本美術院を創立。
 しかし、西洋絵画の技術を日本画に取り入れようとする新しい試みは、
 世間から批判を受けてしまう。
 次いで 1905年、天心は五浦の別荘を改築し六角堂を建設。
 院の再起を賭け、横山大観・下村観山・菱田春草・木村武山ら
 4人の画家たちを呼び寄せた。
 当時は「美術院の都落ち」と揶揄されることもあったが、
 4人の画家たちは天心の指導の下、優れた作品を残し、
 日本美術史に大きな足跡を残した。

conv0051_20150422094609680.jpg

 岡倉天心著[東洋の思想]の冒頭に使われた言葉に
 「亜細亜ハ一なり」の石碑がある。
 この言葉を天心が死後に勃発した日中戦争の
 スローガン 「大東亜共栄圏」として
 軍部により利用されてしまったそうだ。

conv0057.jpg

 「天心邸」の廊下に 岡倉天心をモデルにした
  映画「天心」の記念プレートが置いてあった。

 この映画は 2013年、天心生誕150周年を記念して、
 日本近代美術の父とも言うべき天心の生涯を追った作品で
 その弟子たる若き日の横山大観の眼を通し、
 兄弟弟子である菱田春草・下村観山・木村武山らと共に
 芸術と真摯に向き合う姿や、
 師である天心の実像に迫っているそうだ。

conv0032_2.jpg

 映画「天心」で使用したロケセットが「五浦岬公園」にある。
 なお 映画は 2013年に公開され
 監督 松村克弥 天心に竹中直人 大観には中村獅童が演じている。
 このほど 観客動員数 10万人を突破したと ニュースがあった。 

                                     
  《 続 く 》 
真壁町を訪ねて
すいとんマップ


リンリンロード 真壁休憩所に着いたときは
12時前だった。 早速 昼飯の心配を
 ここ真壁の名物は“すいとん”だ
  パンフレットを参考に 一番近い店に向かうが
   店の状態が何か変?
  丁度 通りかかった 郵便配達員に尋ねて見たが
  ここで間違えないというが 営業している様子がない。
     再度 他の店への行先を訪ねて向かう。

二葉


 向かった先は 割烹料理店「二葉」
 営業中の看板あるので 早速 入店

昼食すいとん

すいとん2


 出された お椀には大きなユリ根かと思ったら“蕪”であった、
 また メインの“すいとん”は 手でちぎったものではなく
 平たく延ばされた 正方形のもであったので
  今までのすいとんとは違っていた。
   名古屋のきしめんや 山梨のほうとう を思わせるようだ。
 さらに 御飯はじゃこ飯で 皿に盛られた漬物等と
 昼食として満足の美味さであった。
 
宮本精肉店
 

 真壁町伝承館の真ん前にある宮本精肉店へ
 昼食後であるが 名物コロッケの幟を見ては 
 これは別腹ですということで 大澤氏のおごりで賞味。
   
 揚げる間 店内にTVレポーターの写真が飾られており
 「ちい散歩」の地井武男やイッシーこと石塚英彦もここまで
 来ているのは驚きでした。

旧郵便局

 伝承館から間もない 町中心地の「旧真壁郵便局」へ
 こじんまりした建物だが セメント洗出し仕上げで石張り風に目地を付け
 対照的な窓を設けており 何か味わいのある外観だ。
 内部の壁・床は木造で 調度品はないが昭和初期の特徴を漂わせていた。

 conv0091.jpg

 真壁の町割りは 戦国時代末期の真壁氏時代に形づくられ、
 江戸時代初期の浅野氏時代に完成したといわれている。
 
 桝形と呼ばれる城下町特有の交差点が現存し、その町割りの中に
 蔵や門などの歴史的建造物が現存する。
 
 平成22年には この真壁地区が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されて
 全国で87番目、関東地区では4地区目、県内では初とのこと。

潮田家


 御陣屋前通りの角地にある潮田家へ。
 かつての呉服太物商「鶴屋呉服店」で “田舎の三越”とも呼ばれていた。

 見世蔵は明治43年の建築で,1階は通り側に広く帳場を構え,奥に座敷を配する。
 高い棟積をもつ重厚な黒漆喰塗の町家で,際だった姿をみせている
 
 丁度 通りかかった 老ご婦人が 我々に詳細に説明してくれた。

潮田家登録標


 町内には 266棟を越える見世蔵、土蔵、門などが
 町割りのなかに残している。

 そのうち現在104棟もの建物などが国の有形文化財に登録されて
 ここ潮田家は その登録第1号になるそうだ。
 また 蔵には 見せ蔵 袖蔵 脇蔵などがあることも知る。

道路元標

 潮田家の十字路脇に 各地への里程の起点「真壁町道路元標」があった。
 真壁は筑波石や花崗岩が採れる石の町であることから
 その石材を加工しているようだ。 

真壁城址

 町内の見学を終え 「真壁城址」へ

 中世、真壁・大和周辺を治めた真壁氏の城跡。
 
 山裾の微高地を利用し造られた平城で、
 戦国時代に造成されたと思われる四重の堀や土塁が
 筑波山を背景に残されている。

 牛久周辺の城址とは比べられないほどの広さで
 平成6年には12.5ヘクタールが国指定史跡となっている。

 午前の上天候から次第に雲行きがおかしい
  ここで見学を終え 再びリンリンロード真壁休憩所へ





プロフィール

kukizakitetujin

Author:kukizakitetujin
茨城県つくば市茎崎地区を中心に サイクリング等を通じ健全なる心身を鍛えることを目的としたシニアクラブです。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カウンター           

リンク

このブログをリンクに追加する

検索フォーム

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。